男も女も嫌いなのが

いまいち自分でも理解できん。
性自認はきちんと認識してはいるものの、その型にはめようとするのも、性の指向がそのまんま当てはまるかというのも自分的な価値観として「?」なのだがまぁ、なんというか「男」も「女」も嫌いだ。うむヘテロセクシャルなんぞ。なんだろうかいまいちピントが合わない程度に自己解釈がへんだ。うむ。好きすきという思考ではなく逆にどっちが嫌いかと考えた場合にどっちも嫌いなのだ。
性自認とはべつにだ。性的な文化というより社会的な性の構造による、コミュニケーションにおいての、性的な人格がきらいなのだろうか・・・うーん。
たぶん多数の考えが嫌いなんだな。

まぁステレオタイプに対する嫉妬心だな。きっと

言い訳すると、性役割とか社会的な性別(文化圏の差異はあれども)も要因のひとつなんだろうか。
まぁ変にSEX♂として生きて、自己のアイデンティティーは♀とし認識してすごしていて性別にあわせようとしてがんばった結果まぁ歪みはでちゃうので、まぁいろんな面で歪むわなぁ。それに誰にも相談はできないという環境だったりするのでなおさらひねくれる。

もう性別としいうのは、生殖能力だけの違いにして、もうちょっと緩い社会になってくれないものなのかね。この人間社会は・・・。
同性愛とか半陰陽とかも存在するんだし性染色体だって、男か女だけじゃないんだし。。既存の男女だけの多数派社会の中で、ひっそりというのはなんだかねぇと。もちっと性別についてとことん緩い解釈になってもいい気がするんだな。
まぁただこれは基本的な社会構造の形成を為している男女の社会的な文化があるから簡単には揺らがないんだろうけどさ。

たまたま関係ないけど見かけた記事で、「ミソジニー」といかに付き合うかミソジニーとかいう単語すらしらんかった・・・・いや参考までに。

この時点では特定の個々人ではなくまぁ全体的な男女で考えてるのであれなのですが・・・・まぁなんというか自分で思考が租借できぬ。

性別についてあれこれ考えても思慮をめぐらしても、なんだかんだで今あるものがそれなだけなのでまぁ自己解釈するしかないですなぁ。

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